黒い騎士の話を聞いたことがありますか?
これは極めて興味深いものです。私はこれを聞いて、なるほどと感心しました。
これからお伝えしますね。
それは中世。ヨーロッパのとある国での話です。
ある地方の城の外で若者が二人、草原に座っていました。
すると、近くの黒い森から黒い騎士が馬に乗って走ってきます。手にはサーベルを持って明らかに彼らを殺す意図が見えました。
二人は慌てて、駆け出し、城へ向かって全速力で走り出しました。
黒い騎士は追ってきます。
彼らは、城に入り、カンヌキをかけたけど、城の扉は閉まりません!
さらに奥へ逃げ、別の扉を閉めようとしても閉まりません!
黒い騎士はどんどん追ってきて、ついには彼らは後ろが壁のところまで追い詰められてました。
彼らは地面にへたり込むと、黒い騎士は、彼らの首にサーベルを当てました。
まさに絶対絶命!
そのときです。
その若者は、地面にある砂をつかんで、騎士の兜の目の部分目掛けて、投げつけました。
運よく、それは騎士の目の部分にあたり、騎士は、一瞬目が見えなくなり、目を擦りました。
チャンスとばかりに、若者はさらに、馬の足を棒で払おうとすると、馬はいななき、騎士も動揺しました。
そして、騎士はたずなを引いて、若者を後にして目を擦りながら、走り出しました。
若者は騎士を追いかけ、城から追い出し、また馬を駆って、最後には黒い森まで騎士を追い払いました。
そして幸せになりました。
めでたし、めでたしです。
さて、ここでの教訓です。
人は人生を主体的に生きる。何かの行動を起こすという「起因」と、何かが起こるのを待つ「受身」があります。
若者が追いかけられている間は、常に「受身」でした。そして、最後は「受身」のまま、追い詰められました。
そして、砂を投げた瞬間、それは、「起因」に変わりました。
そのとき、砂が騎士の目のところにあたる保証は万に1つもありませんでした。
それが失敗して殺されてしまうこともありました。
しかし、そこで砂を投げないことには「受身」から「起因」に変わることはありえませんでした。
人生には、何かを変えようとするときは経済的、そして時間でもさまざまな制約がかかった状況のことが多いです。
しかし、そこで戦うことを決意して、「受身」から、「起因」になるように、大胆な行動をとらないと「受身」のままでどんどん人生がジリ貧になってしまうのです。
サッカーで0対1で負けているときほど、勝つには、カウンターで勝負しないといけないのです。
同様に、人生でしんどい状態ほど、思い切って行動、勝負しましょう。
それがより人生の危機を乗り切り、成功する秘訣です。
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